兵隊宿を読んで

現代国語の教科書に載っていた「兵隊宿」。読みはまだ浅いが第一印象的な感想をつづる。

主人公は少年。なぜ少年が主人公なのか。作品に流れるのは「戦争」というテーマ。戦争により兵隊さんや将校はお国のために命をささげる。戦争=死を意味する。大人たちはそれを知っている。兵隊宿と呼ばれる少年の家は間もなく出兵し死ぬことを余儀なくされる者のために数日の宿を提供するのだ。せめてものはからいとしてゆっくり眠ってもらうのだ。

少年はまだ戦争や死という事を大人ほどには理解してはいなかった。だからこそ少年は平和の象徴。無邪気で和やかで純粋な存在。そんな少年が戦争について何かを悟るとき、戦争や命の意味、問題提起は大きくなる。

少年は馬が大好きだった。馬の絵を描くことも大好きだ。馬の優しい瞳。憂いをたたえ、涙することもある瞳を持つという賢い馬。「馬は時として人間よりも賢い」と言った将校。馬はさみしさや死にゆく悲しみを人以上に知っているのではないか。

将校は宿を立つ日、少年と共に神社へ参拝に行く。道中無口で、神社では長い祈りをささげる。「生きて帰りたい」「死にたくない」そう願ったのではないか。

お国のために死ぬことが名誉とされていた時代。生き延びたいと思うことは罪。口に出してはいけない。

主人公が少年であることの意味はたくさんあるのだろう。

将校たちは少年につかのまの慰めをもらったことだろう。少年と話をする時だけは戦争を忘れ、将校と言う立場ではなくただの人と言う気持ちになれただろう。ひさし少年に自分の少年時代を重ねたり、自分の家族を思ったりしたことだろう。安らぎを少年からもらったことだろう。

そしてまた将校はやがて出兵する運命なるかもしれない少年に、少年時代くらい健やかに平和に過ごしてくれと願い、君が出兵の年になるころには戦争が終結し、平和だといいね、と思ったのではないか。少年を作品に登場させることで未来へのメッセージを伝えたかったのではないか。

馬の画集のプレゼント。馬もまた少年と言う存在同様、平和の象徴なのだろうか。画集は形あるもの。形に残るもの。あとに残るもの。

なぜ将校は少年と神社に行くことを望んだのか。少年に何かを伝えたかったのだろうか。未来を頼む。君にだけは伝える。戦争は愚かしい。死にたくはない。戦争は命を奪い、奪われるものなのだ。本当は我々は生きたいのだーー。

将校は戦争を好んでいるわけではない。宿で出されるお菓子や餅などを辞退したのも、将校が辞退するゆえ兵隊までも遠慮するようになってしまったことも、良い思い出やごちそうを頂くことで命が惜しくならないように、もっと生きていたいなどと思わないようにという自制の思いであったのではないか。

将校たちが去ったのち、少年は翔けた馬を描いた。躍動感は命だ。命の重さを思い、命ある姿、命あることを象徴する姿を描いたのではないか。

検閲のしるしがある手紙。当たり障りのない内容しかかけないという現実。「元気です」・・・元気ではないのだ。手紙が受取人にわたるころにはすでに死んでいるかもしれない。それを手紙の差出人である将校は知っている。「死ぬのは怖いです。君は生きてください」本当はそう書きたくても書けるわけがなかったのだ。

当たり前の日常。そこにある平和。

洋物の切手コレクション。それをしまってある鍵をかけた机。餅つきについても自粛を心がけている父親。画用紙についても無駄使いするなと言う父親。戦争で大変な時期に、普通に平和に生きていることや、外国のものを所持していること、それらは慎むべきであるという父親の良識。

少年は鍵のかかった机を父親そのものだと思った。少年なりに戦争や死を理解していないときには、父の机は父の象徴だった。僕には理解できない謎めいた、陽と陰の陰の部分を持っているという事。ところが少年は、少年なりに何かを悟った。父の鍵のかかった机、馬の瞳、女たちのひそやかな話の内容、自粛の意味、兵隊宿の意味、将校の命に対する本音。将校が少年に込めた願い・・・。それらが不十分ながらパズルのピースがつながるように少年の中で徐々に形を成していくのだ。何かを肌で感じ、戦争というものに少年ながら哀愁やむなしさ、苦しさを感じ始めるのだ。少年はまだ理論的に感じているのではない。しかし検閲済みの手紙を見て、文字通り元気でよかったと思っているわけではないだろう。検閲印にただならぬ何かを感じ、居場所が書いていないことに何かを感じ、手紙を読む自分の家族の雰囲気に何かを感じたことだろう。平和と戦争。生と死。日常を壊す戦争。それらが少年の目を通して描かれる。無邪気だった少年から無邪気を奪うほどの静かなるメッセージ、けれど確固たるメッセージ、隠れたテーマを感じる。戦争の悲哀や命の尊さ、ありふれた日常のありがたさ。少年に変化を与えるほどの影響力。静かなのに息苦しくなるほどの強さや平和への思いが作品に流れている。

今後解説本を読むなどしてもっと理解を深めたい。以上は教科書掲載の箇所を通読したばかりで持った感想です。